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日本人が失いかけている目に見えないものを大切にする力とは

投稿日:2019年10月23日 更新日:

フランスで生活していると、「人生で本当に大切なことは何か」ということを考えさせられます。

「目に見えないもの」って信じますか?今回は、そんな話をしようと思います。

この世界には、目に見えるものと見えないものがあります。目に見えるもの、目の前にある机、椅子、スマホ、パソコン、建物、草木、人の体、太陽。目に見えないもの、空気、電波、熱、音、匂い、エネルギー、人の心。この世界を構成するありとあらゆるもの。その中には、目に見えなくても確実に存在しているものがたくさんあります。

そして、「目には見えないけど、何にも代えがたい大切なもの」もこの世にはたくさんあります。空気や熱などの無ければ死んでしまうようなもの以外にも、それがなければ世界が一瞬で疑念と憎悪に塗りつぶされてしまうような、大きなパワーを持ったもの。

しかし、今の日本社会に生きているとこのような「目に見えないけど大切なもの」が見えづらくなっているように感じます。「目に見えないものを大切にする心」が失われつつあるような気がするのです。

数字や肩書きに支配される社会

現在の私たちの生活では、数字や肩書きといったパッと見でわかりやすい一定の目安を使って物事を判断することが多くなっていると思います。物の値段や、人の地位や、テストの点数や、資格の有無や、人気の順位や、会社の規模や。このような目に見えてわかりやすい基準はとても便利ですが、そればかりに囚われて細部を見落とすと、生きづらさや不公平感を招いてしまう場合があります。

身につけている物の値段で人の価値を決めつけること
営業成績の数字だけを見て現場の事情や頑張りを無視すること
相手の所属している企業名や役職で態度を変えること
外国人というだけで家が借りられないこと
障がい者は不幸でかわいそうだと哀れみの対象にすること
このようなことは、その一部の例だと思います。
単純に数字や能力だけを見てその人や物の価値を判断することは、差別や偏見など様々な問題を引き起こすことにつながりかねません。

生産性とはどれほど大事なのか

多くの場合、数字や肩書きにおいて語られるのは「どれほどの生産性があるか」「どれほど優秀か」ということだと思います。お金につながる生産性や、社会に利益をもたらす期待値。(そういうものを優先するくせにダラダラ残業しなきゃいけない雰囲気が作り上げられていること自体が生産性下げてて矛盾してるけど)

しかし、そればかりを追い求めて行った先には何があるでしょうか。もしかしたら、早く便利な世の中を実現することが可能になるかもしれない。自分がお金をたくさん稼げるようになるかもしれない。

しかし、それはきっと目に見える進歩や評価のための競争自体が目的と化した何もない世界なのだと思います。多くのプレッシャーや劣等感を感じながらあくせく生きる人生。それはとても辛くて寂しいものだと私は思います。
それよりももっと大事にすべきことがあるはず。

私たちはもう一度、「目に見えないものを大切にすること」の重要性を見つめ直す必要があるのではないかと思います。

「星の王子さま」の話

フランス人の著者サン=テグジュペリによる「星の王子さま」。読んだことはあるでしょうか。ある星からやって来た小さな王子さまとサハラ砂漠に不時着した飛行機の操縦士との物語。「いちばんたいせつなことは、目に見えない」ということが心に沁みるお話です。

印象に残った中身を少しだけ。

『おとなは大事なこともそうでないこともごちゃ混ぜにしている
「大事なことで忙しい!私は有能な人間だから!」とふんぞり返っている
そんなのは人間じゃなくてキノコだ!

〈おとなって、やっぱりすごく変だ〉

「人間たちはもう時間がなくなりすぎて、ほんとうには、なにも知ることできないでいる。なにもかもできあがった品を、店で買う。でも友だちを売ってる店なんてないから、人間たちにはもう友だちがいない。」

ぼくの星に咲く一輪のバラと、庭園に咲く五千ものバラ
「なつく」ってどういうこと?

「じゃあ秘密を教えるよ。とてもかんたんなことだ。ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない」
「きみのバラをかけがえのないものにしたのは、きみが、バラのために費やした時間だったんだ」
「人間たちはこういう真理を忘れてしまった」
「でも、きみは忘れちゃいけない。きみはなつかせたもの、絆を結んだものには、永遠に責任を持つんだ。きみは、きみのバラに、責任がある……」

「砂漠が美しいのは、どこかに井戸を、ひとつかくしているからだね……」
「家や、星や、砂漠を美しくしているものは、目には見えないね!」

「人間たちって、特急列車に乗ってるのに、なにをさがしているのかもうわからないんだね。だからせかせか動いたり、同じところをぐるぐるまわったり……」「そんなことしなくていいのにね……」

「どこかの星に咲いている一輪の花を愛していたら、夜空を見あげるのは、心のなごむことだよ。星という星ぜんぶに、花が咲いているように見える」
「ぼくの星は、夜空いっぱいの星のなかの、どれかひとつになるものね。そうしたらきみは、夜空ぜんぶの星を見るのが好きになるでしょ……ぜんぶの星が、きみの友だちになるでしょ。」』

フランスでの日常風景

フランスで生活をしていると、多くの人が「目に見えない大切な時間」を過ごしている光景に遭遇します。そこに目に見えて有名だったり豪華だったりするものはないけれど、各々が好きなことを好きなようにしてそのひと時を過ごしています。

ポンピドゥセンターの横で、クラシック音楽に合わせてコンテンポラリーダンス?を踊っている白人女性と黒人男性の三人組。周りには立ち止まってそれを眺める人たち。湧き上がる拍手。

公園の木陰で寝転んで本を読む人。
芝生で寄り添いながらお昼寝をするカップル。

駅構内に置いてあるピアノはいつも誰かが素敵な演奏をして、それに合わせて歌う人がいて。椅子に座ってそれを聞いていると電車を待つ時間も気にならなくなります。

太陽が好きなフランス人は、短いお昼休みの時間にも必ず外に出て日光を浴びながらサンドイッチを頬張る。カフェやレストランのテラス席はいつも満員で、エスプレッソやワインを飲みながら静かな時間を過ごしてる。

きっと、お金につながる生産性は何もない時間。でもそれを心から楽しんでいるように見える人たちと、それを促すかのようにただそこにあるベンチや、遊具や、パラソルや、自然や。

街全体がそういう心安らげる時間や空間を大切にしているように感じる。なんだか時間がゆっくりと流れていきます。逆に穏やかすぎて不便なことも多々あるけど。笑

日本とフランスの共通点

今の日本では、こういった何気ない時間を楽しむ余裕ってなかなか持ちづらくなっているように思います。時間に追われて、完璧を求められて。だからこそ、数字や肩書きを用いて膨大な量の情報処理を簡略化しなくては追いつかなくなります。星の王子さまで言う「おとな」のような。

『おとなは数字が好きだから。新しい友だちのことを話しても、おとなは、いちばんたいせつなことはなにも聞かない。「どんな声をしてる?」とか「どんな遊びが好き?」「蝶のコレクションをしてる?」といったことはけっして聞かず、「何歳?」「何人きょうだい?」「体重は何キロ?」「おとうさんの収入は?」などと聞くのだ。』

確かに、私たちの日常生活でよく話題に上る、年齢や学歴や収入やSNSのフォロワー数よりももっと大切なことはたくさんある。数字や肩書きだけではわからない、その人だからこそ持っているもの。外から見ただけではわからない、その空間にちゃんと浸るからこそわかる良さ。

でも、本当は日本にも昔から、フランスと共通するような「目に見えないものを大切にする」文化が存在していると思います。

間(ま)を大切にすること

その共通する文化と言えば、「間(ま)を大切にすること」ではないかと思います。

例えば、日本特有の美意識を表す「侘び寂び」という言葉。「侘び」とは、簡素・質素の中から見出される美しさ。「寂び」とは、閑寂さの中に感じ取れる奥深い豊かな美しさのこと。

茶道や俳句、日本庭園など見られるように、華美を追い求めて足していくのではなく、引くことで際立つ美しさ。形なきものに感じ取ることができる味わいや儚さを嗜む心。直接的ではなく、「曖昧さ」の中にある複雑性を紐解いていくことを愉しむ感性みたいなものは、どの国の誰でも持っているものではなくて、私たち日本人だからこそ味わえる素晴らしい文化なのではないかと思います。

また、「本音と建前」という言葉があるように、私たちは言いづらいことを人に伝える際、露骨な表現は避け、少し遠回しな言い方で相手が傷つかないように気を使ったりします。そして、人間関係において間合いや距離感を大切にする。

このような、中心にあるそのものだけでなく、その周りにある雰囲気や空間までをいかに表現して「粋」な作品やコミュニケーションを作り上げるか、ということを考えるのが、私たち日本人の本当にイケてるところなんじゃないかと私は思います。

一見、意味がなく無駄に思える「間(ま)」を愉しむこと。見えないけれど確かにそこにあるもの、それを無意味だと切り捨て始めたらそれは悲しすぎる。

そして、フランス人の多くが愛している芸術や音楽やワインもそういった隠れて見えない所にあるものの意味や複雑性、無駄を愉しむという点で共通することなのではないかなと感じています。

私たちの心に問いかけてみたい日本のこと

だから、私は物事の全てを生産性や目に見える数字や名前で判断することは寂しいし、危険だなと感じます。

日本で生活していると、違和感を感じても歴史的通例として過ぎ去ってしまうことや、当たり前になりすぎて気にならなくなっていることもあります。本当は、そういう場面で一歩立ち止まって考え直せたらいいなと思います。

「LGBTは生産性がない」発言

少し前に物議を醸した、ある国会議員が「LGBTは子供を作らないから生産性がない」と発言した問題。LGBTカップルには生産性がなく、彼らの生きづらさを解決するための政策は少子化対策という大義名分が立たない。そこに税金を投入することに対して疑問視するという内容。

「生産性」という言葉が不適切だし、改めて発言の全文を読むと他にもたくさん突っ込みどころはあるのだけど、この発言の怖いところは税金を使う優先順位を生産性で測られているところだと思う。そしてそれを当たり前だと言う人も多い。それは、国民の一人一人が生きやすく暮らすことよりも国全体の生産性の方が大事だということ? 

「そもそも世の中は生きづらく理不尽なもので、それを自分の力で乗り越える力をつけさせるために教育がある」というようなことも言っているけど、本当にそうなのか?もし国自体にこの社会は生きづらくて当たり前だから、辛くても自力でなんとかして生産性を優先しろと言われるなら、それは冷たくて怖すぎる。

会社内では事務よりも営業の方が偉いのか?

企業に就職すると、営業職の人がお金を稼いで来ているから給料も高くて立場も上という場合が多いと思います。しかし、事務職の人もいるから会社が成り立っているにも関わらず自分が偉いと勘違いして威張る人も稀にいます。使った食器を洗わせたりお土産を配らせたりという雑用を押し付けてコキ使うのは間違っているのではないかと思います。職種は役割の違いであって、身分の違いではない。これも肩書きやこれまでのしきたりに囚われて相手が見えなくなっている例なのかなと思います。

大人は子供よりも偉いのか?

時々体罰の是非についての議論がニュースになります。その中には「時には軽い体罰は必要」という意見もあり、理由は「言葉で言ってわからない子供に言うことを聞かせるために効果的」というものだったりします。しかし、果たして子供は大人が「言うことを聞かせなくてはいけない対象」なのでしょうか?

確かに大人の方が長く生きてきて多くのことを知っています。生きていくための知恵やルールを教えることは大事なことだと思います。しかし、大人の方が偉いのだから子供は大人に従わなければいけないのだという考えは違うと思うし、大人だからと言って子供の意見を蔑ろにしていいということはないと思います。
なので、ここでも子供だから大人だからと括って個性を無視してしまうことがあるとしたら、それは子供の才能の芽を摘んでしまうことになるんだろうなと思います。

スウェーデンなどの北欧では、「子供は生まれた瞬間から、一人の独立した人間である」という考え方が根付いており、子供の人格を尊重し大人と対等に扱うことを重要視しているそうです。

しつけや教育についてはいろいろな意見や考え方があって、正解が見えない難しい問題です。粋で優しい伝統は守りつつ、自由な選択肢と柔軟性を持って自分たちよりも下の世代を育てていけたらいいんだろうなと思います。

田舎にあって都会にないもの

今日本の人口は、全人口の半分以上の人が東京・大阪・名古屋などの大都市圏に住んでいます。都会の方が仕事がたくさんあり、どんどん人が田舎から都会へ流れていっています。

しかし、今も田舎には都会にいるとほとんど目にすることのなくなってしまった情趣ある風景がたくさん見られます。満天の星空、田んぼとあぜ道、近所の人との挨拶、生産者がわかる新鮮な野菜。こういうものに触れることで日頃のストレスも少し癒えます。

都会は都会の魅力があるし、好みもあるし、どっちがいいという話ではないけれど、そのような一見何の生産性も意味もなさそうなものの価値。本当は大きいよなと思います。

タピオカミルクティーに欠けた優しさ

いきなり話は飛びますが、最近大流行のタピオカミルクティー。見た目も可愛く、味も美味しくて新しいお店もたくさんできています。しかし、細かいことまで考えると、環境にも健康にも良くない面があるというのが悲しいところです。

日本で売られている商品の成分がどうかはわかりませんが、タピオカミルクティーには大量の砂糖や添加物、人工甘味料、着色料が使われているものが多くあります。糖質やでんぷんで太るどうこう以前に飲みすぎは健康に悪影響を及ぼす可能性があります。また、使われているプラスチックのカップやストローのポイ捨てや環境汚染への影響といった問題もあります。

このようなことを考えると、このタピオカブームによっていろいろ飲み比べて楽しめたり、利益率のいいビジネスで上手くいっている人もいたりといい点もあるのだろうけど、実態を見るといろんな面で優しくなくて少し残念だなと思います。

心に映ったものを見つめる

いくつか具体的な話を挙げましたが、世の中にはいろいろな「目に見えない大切なもの」があるのだと思います。

大切な誰かへの想いとか、好きな人と過ごせる時間とか、ホッとできる空間とか、人の個性とか、未来への不安がない生活とか、人の温かさや頑張りを感じられることとか、ずっと健康でい続けることとか、綺麗な空気や水を享受し続けられることとか、そういう身近にある大切なものに気づけることとか。

それは、マニュアル化できるものではなくて、心で感じ取るしか知る方法はない。だから、目に見えるものばかりに囚われないこと、世間一般の動向に惑わされないこと、そして目の前にあるそのもののもっと裏側にある奥深くまで目を凝らして見ること。それが、目に見えないものを見るために必要なことかなと思います。

そして、その心に映った、そこにしかない美しさを見つめて、そこに在ると認識することが、愛であり芸術であり優しさであるのかな、なんてなんとも哲学的な考えを巡らせている。

愛や優しさがなければ、そこに大切なものがあることに気づけない。そして、愛することとか優しくすることというのは、「ありのままの良さを大切にすること」だと私は思っています。

そういうものを大事にして生きていけば、世の中にある豊かさをもっと感じられて幸せを感じられる瞬間が増えていくと思います。身の回りにあるプレッシャーとか偏った固定観念とか、そういう目に見えない嫌なものばかり気にしてないで、同じ見えないものならもっとハッピーなものを見ようとしていきたい。

常に余裕を持つこと

ただ、難しいのは、この社会は忙し過ぎて、「大事なこともそうじゃないこともごちゃ混ぜに」され過ぎて、一人一人の相手のことを気にしている余裕がない、自分の好きなことに時間を費やす余裕がない。そういう余白がないことが問題かなと思います。

だから、ゆったりと自分と向き合って愉しむ伝統文化や後継者不足に悩む伝統工芸が失われつつあったり、コミュニケーションが希薄になって、言葉のままに意味を取られてその裏側にある歴史や経験を含んだ真意が伝わらないことが増えたり。

もしもこのまま、日本人の見えないものを見ようとする文化が消えてしまうとしたら、それはとても悲しい。

自分にとって大切なものは何か、人生においてやりたいことは何か、そういう自分の心の中にあるものを見つけるためにはトライ&エラーが必要です。何事も失敗すれば次に活かすことができます。だから、もっと失敗に寛容な世の中であって欲しいと思いますが、そのためには自分も人の失敗に寛容になること、スムーズに物事が進まない時も寛容でいることが必要なのだと思います。そして、そのためには常に自分に余裕を持っていることが重要。

考え方や働き方を調整しながら、目に見えないかもしれないけど自分にとって大切なものや好きなものに癒されながら、いつでも時間や心や思考に余白を持っていたい。

自分の持つ余裕が人や物事への寛容さや関心を生み、相手の心に寄り添った対応を促し、自分の好きなこと・興味のあることに行動を向かわせ、ポジティブな未来をイメージすることを可能にするのではないかと思います。

そういう人が増えればきっと、この社会はもっとポジティブな循環で回るようになるんだろうと思います。

優しさと憎しみとが入り乱れるこの社会で、悩んだりへこんだりすることもあるけど、次々と目の前に現れる新しい景色に美しさを見出し、愛と優しさを持って、柔軟に軽やかに生きていきたいなと思う。

【参考】
サン=テグジュペリ(2006)『星の王子さま』河野万里子訳,新潮社.

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ゆきだるま

愛知県出身、フランスワーホリ中の1991年生まれ。旅と読書と編み物が趣味。大学の専攻は社会心理学。日本の伝統文化や植物の力(オーガニック、アロマ)に興味があります。好きな言葉は適材適所。世の中の偏ったステレオタイプをぶっ壊したい。外注ライターをしながらブログ執筆中。もっと詳しく見る