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日本人の幸福度が低い理由と明るい未来のための考察

投稿日:2019年10月22日 更新日:

現在の日本社会を生きづらいと感じている人も多いのではないでしょうか。

・人目を気にする生活
・頑張っても報われない環境
・肩書きが全ての社会
・閉塞感のある雰囲気

しかし、こういう現状がある理由は私たち日本人が不幸になりたがっているから、と言ったら語弊があるでしょうか。

本当は誰もが幸せになりたいはず。幸せになるために学校教育を受けて、毎日仕事をして、家庭を守って、みんなそれぞれの努力をしながら生きている。それなのに、生活はなかなか豊かにならない。世の中の不条理は一向になくならない。

その原因は、私たちが「幸せになりたい」という意に反して多くの場面で不幸になるための選択をし続けているからです。

暑い夏でもスーツを着て仕事に行かなければいけないこと
女性はヒールを履かなければいけないこと
満員電車で通勤しなければいけないこと
有給休暇が取りづらいこと
長々と時間のかかる会議
なぜ必要なのかわからないけど昔からそうだからという理由で存在する雑務
偏差値の高い高校・大学に入らなければ負け組という風潮
大手企業に就職、高収入の人が偉いという風潮
女は早く結婚・出産しなければ売れ残りと見られる風潮

例えばこのような一つ一つの小さなストレス。どうして辛いと感じる人が多いのになくならないのか。

それは、私たちが「なくなって欲しい」と思っているのにも関わらず、「そういうものだ」と信じて守り続けて来ているからに他なりません。

周りを気にせず突き進んだり、不満や非効率を解消するための変革がなされてこなかった現実。確かに、みんな暗黙の了解で同じ方向を向いている中、違う行動をしたり意見することは難しい。

このようにして、多くのストレスが積み重なり生きづらい社会が出来上がる。しだいに心の余裕も無くなっていく。そして人に厳しくなる。

自分が幸せじゃないから、人のことが気になって幸せそうな人を見ると反感を覚える。周りに自分が幸せであるとアピールすることで自分自身を納得させようとし、人の反応が気になる。人の人生に過度に干渉し合う。

理不尽を感じる社会で、その状況を変えようとするのではなく人にも同じ理不尽を押し付けることで不公平感を和らげようとする。自分も我慢したんだから人も我慢するべきと。その連鎖が起こる。

国や会社のトップは現場のリアルを知らずにルールを作る。上辺の数字だけを見て判断する。全て順調にいっているかのように情報を操作する。それを信じて現状維持が生まれる。

悪循環。

出る杭は打たれる日本社会で、私たちはよりよい社会や幸せのために飛び出た杭までも叩き込んで低いレベルでみんな同じであろうとする。足の引っ張り合い。

本気で生活を良くしようと戦うよりも、自分は不幸だと文句を言っている方が楽なのです。

これではいつまで経っても生きやすくはならない。「伝統」と「悪しき習慣」とは切り分けて考えられなければならないと思います。

近頃、優秀な人はどんどん海外に出て行ってしまっているという。日本はヤバイ、もう終わりだと言われる。でも、そういう人たちがみんなで一緒に変えようとすれば日本は救えるんじゃないかと思うのです。根拠はないけど。私は日本が好きだからこそ、外から日本を見つめて最良の未来を考えたい。

そのためにはまず、実情を知ることが必要だと思うけど、数ある問題の専門的な知識はほとんどない。ただ私が見たり聞いたりして肌で感じた違和感をつなぎ合わせて自分なりにこの社会の全体像を掴めたらと思って書いています。

平和ボケする日本人

今日本人は平和ボケしていると言われています。治安は良くて、格差はあれどご飯が食べられない人はいなくて、温かい家で寝ることができる。これが当たり前の日本では、貪欲に勉強して専門的な知識やスキルを身につけることも政治に興味を持って選挙に行くことも世界情勢について知ることも、特に必要はない。そんなことしなくても、ある程度の幸せは簡単に手に入ってしまう。

しかし、本当にこのままでいいのか。少子化は進み、GAFAの独占市場で生き、嫌でも諸外国との関わりが強くなっていくこれからの時代、隣の国からミサイルが飛んでこようと、政府がどのような税金の使い方をしようと、どこか他人事。マーケティングによって作られたブームに乗っかって消費をして、敷かれたレールの上を思考停止で進んで行く人たち。

このままでは、日本は権力を持った人の思い通りになってしまう。つまり一般市民が割りを食って貧しくなっていく一方のような気がするのです。

意図してボケさせられている?

しかし、平和ボケとはいうもののどうしてこのような状況になっているのか?それは一概に私たち国民だけのせいではなさそうです。

画一的な人間を育てるための教育

戦後の経済成長において必要だったのは決められたことをきちんとこなす画一的な人間であったため、そのための教育がなされ、それが今でも続いています。そして、GHQの介入もあり日本人のアイデンティティを奪うために神話や愛国心を教えることを禁止しました。

私たちはこのように、何よりも「協調性」を重んじることを優先し、思考の軸ともなる帰属意識の一部を否定され続けて育ってきたため、自分たちで問題意識を持って解決策考えることが苦手なのでしょう。「神話を学ばなくなった民族は滅びる」そうです。

メディアは国民の幸せのためにあるわけではない、単なるビジネス

私たちの考え方や価値観を作り上げる要因の一つにテレビや雑誌などのメディアがあります。毎日目にするニュースや娯楽番組。果たしてその情報は全て正しく偏りのないものでしょうか。そんなはずもなく、スポンサーに都合の悪い情報は流れてきません。

テレビをつければいつも有名人のゴシップやスキャンダルばかり。事実、日本の芸能ニュースの割合は海外と比較して格段に高いようです。

         日本 アメリカ イギリス
世界のニュース  17%  24%   22%
自国のニュース  38%  65%   51%
スポーツニュース 9%   7%   15%
芸能ニュース   35%   3%   12%
その他      1%   1%   0%

メディア側は視聴率や売上を取ることが目的なので、当然ですがそこにある情報が世の中で起きていることの全てではありません。そのようなメディアから得た情報のみで物事を判断するのは危険だということを考えなければいけないと思います。

お金が価値基準の世の中は幸せから遠ざかる

メディアの在り方やピラミッド構造のビジネスからも分かるように、現在の社会はお金のある人が偉くて、お金をもらっている側は与えている側に絶対的に従わなければいけない、それに反した行動を取るならばそこでの立場はなくなってしまうような構図になっています。

お金は単なるツールであるはずなのに、お金を得ることが目的になり、お金を多く持っている人が盲目的に偉いとされる雰囲気に違和感を感じます。

本来私たちは、人生を楽しむため、幸せな日々を過ごすため、自らの使命を果たすため、(その目的は人それぞれだと思うが、)そのために生きているのだと思います。少なくとも、「お金を稼ぐこと」自体が目的ではないはずです。そもそも「お金をたくさん持っていること=幸せ」ではないはずなのに、こんなにも私たちの生活がお金に支配されているのはなぜでしょうか?

確かに、現代に生きる私たちはお金がなければ生きていけません。お金があれば生活を便利にする家電が買えてよりスムーズな移動手段を選択できて美味しいご飯が食べられて住みやすい家に住むことができます。しかし、そのことと「幸せかどうかの基準」は別物だと考えます。そして、「お金持ちかどうか」や「その人の生産性」で人の身分は決められるべきではない。「自分の幸せを追求すること」や「自らの信念に従うこと」は誰もが求めても良いことのはずです。「お金を握っている」という権力が故に、人の自由を奪う権利はない。

それにも関わらず、人が大切なものを犠牲にしてまで妄信的にお金を追い求めてしまうのはなぜでしょうか?それは、世の中「人の幸せ」とは他人に勝つか負けるかで決まると考えている人が多いからではないかと思います。「幸せ」とは限りあるもので勝ち取らなければ手に入らないものなのでしょうか?

人より多くのお金を持って、多くの物を持っている人が幸せな勝ち組?人よりも高スペックな人と結婚して裕福な家庭を築いている人が勝ち組?そんなことはないはずです。お金があってもなくても、幸せに生きている人はいるし不幸せだと感じながら生きている人もいます。

「幸せ」なんて人それぞれ、人と比べて決まるものではないはずです。そもそも「お金という概念」や「勝ち負けの基準」だって仮想上の設定でしかないはずなのに。

「勝ち負け」って私は、単なるスポーツのような娯楽と自分のスキルを高めるための裏技のようなものでしかないと思っています。自らが成長したりその場を楽しむために勝敗をつけてそこにエネルギーを向けるきっかけとすることは良いことだと思いますが、「勝つこと」自体が全ての目的になってしまうのは何か違うと思います。一人一人が自分の思う幸せを胸を張って生きれば良い。

だから、「何を以って幸せなのか」は一人一人が考えなければならない課題なのだと思います。その答えを導き出すのは簡単ではありませんが、自分なりの「幸せの基準」を探し出してそれを基に生きることがこの世の一人一人が幸せに生きるために必要なことなのではないでしょうか。お金や人に勝つことなどの「世間一般」の基準に頼って生きることは自らの人生を放棄していることのように感じます。

「世の中の価値基準はいろいろあっていい」という考えがもっと広まれば、幸せな世の中に近づくのではないかと思います。

日本の問題点?

このような状況の日本を見つめながら、海外で生活していくにつれて「これってどうなんだ?」と疑問を抱くような側面がいろいろと見えてきました。

ここからは個人的な体験をもとに具体的な問題について考えていきたいと思います。

ビジョンの見えない政党

この社会を変えるためには、国がどのように治められているかを知り、間違った方向に進んでいると感じれば、選挙に行って支持する政党に投票する、ということが一番身近で誰にでもできる行動だと思います。

しかし、どの政党に投票すれば良いのかわからない。どこが与党になっても同じ気がする。それが多くの人が感じていることではないかと思います。これって単純に自分の勉強不足がいけないんだと思っていたけど、でもきっと私たちだけに原因があるわけではないような気もします。

先日、ドイツ人の友達を訪れてドイツ旅行へ行ってきました。たまたま観光で中に入った市庁舎にドイツの各政党の写真が貼ってありました。それを見て、全政党の特徴と自分はどこを支持するのかを詳しく説明する友達(高校卒業したての19歳)。私は各党の違いをこんなにも明確に理解している彼に驚きました。「全部説明できてすごいね!」と言ったところ、「若い人が投票に行かないと老人に都合のいい世の中になるから」と。ごもっともです。「私は日本の政党ちゃんと説明できないや」と言ったら「だから日本は変わらないんだ」と呆れてた。笑

反省すると同時に、これは私たち一個人の責任というだけでは片付けられないのではないかとも感じました。

今の日本の政治は国民が各自の意見を持って参加しやすい形になっているのでしょうか。そのためにマスコミがきちんと機能しているでしょうか。選挙期間になれば、各党がそれぞれの政策を出して少ないながらにもそれを解説してくれる媒体が現れる。でも、それを見たところで項目ごとに自分が当てはまる数が多い党は選べるけれど、じゃあその政党を選んだらどのような未来が待っているかというビジョンまでは見えてこない。本当にその政策が守られるのか保証もないし、政権を取るために複数の党が連立とかよくわからない。これでは今後の将来を考える上での判断材料にもなり難い。忖度とか証拠の隠蔽とかがまかり通るなら何も信頼はできなくなる。

このままではダメなんだろうとは思うけど、どうしたらいいかはわからない。一人一人がきちんと歴史や現状を理解して、権力を監視して、主張していくことしかないのかなと思う。

男尊女卑の社会

これを言うと女性贔屓をしているように感じられるかもしれないが、日本はまだまだ女性に厳しい社会だと思う。

家事育児は女性がするもの、女性がキャリアを重ねるのは難しいこと、女性は年齢を重ねると価値が下がる、というような考え方が未だに根強く残っているように感じる。

そして、それが問題だと感じていない人も多い。というか、当たり前のように身近に存在しているので麻痺しているのではないかと思う。

私がフランスでファームステイをしていたワイン農家のマザーと話していた時、「将来どこに住みたいの?日本に戻りたいと思う?」と聞かれて「うーん、まだわからない。特に日本じゃなくてもいいかなとは思う」と言ったら、「日本は女性が住みにくいもんね」と言っていた。海外の人にまで「日本は女性に優しくない国」というイメージを持たれていることに驚いた。

そもそも、なぜ性差別なるものがあるのだろう。その歴史は、聖書や仏典にも差別的な内容があるように遥か昔まで遡るのだろう。いつかの誰かによって仕組まれたことだろうと思う。しかし、男も女もどちらもいなければ世界は成り立たないのに、男対女の構図ができていること自体おかしいと思う。男女の身体の作りが違い、役割が違うのは変わり得ない事実。しかし、この世界で生きていくためには男女みんなで支え合っていくしかない。そのためには、互いの違いを補う知識と想像力が必要だろう。

女性における妊娠・出産の大変さ、毎月くる生理の煩わしさは男性には体験し得ない。男性における女性よりも肉体的に強いが故に体を張って仕事(や時には戦争)に行って家族や国を守ることの負担は女性にはわかり得ないかもしれない。そういう違いがあるということを認識し、相手を思いやりながら生活していくしかないのだと思う。と言うとただの理想論に聞こえるが。行き過ぎたフェミニズムが逆差別だと問題になることもあるけど、今あるギャップを埋めるための過程なのだと思う。

夫婦二人の子供なのだから育児は母親だけの仕事ではないはずだし、仕事において女だからという理由でチャンスを奪う前に考えるべきことはあるはずだし、生き方はそれぞれなので性の対象としてだけではなく一人の人間として向き合うべきだと思うし。

違いを理解した上で、相手の苦労を慮る想像力を持ち、男だから女だからと括らずに個人を尊重して生きることが性差別のない普通の生き方なのだと思う。

ベビーシッターの普及

フランスに住んでいると、ベビーシッターという存在が広く浸透しているのを感じます。カナダでもそうでしたが、海外の多くの国では両親共働きで仕事に行っている間ベビーシッターを雇って子供を見ていてもらうということが普通になっています。

私も今フランスでオペア(住み込みのベビーシッター)をしていますが、小学生の子供の送り迎えをして(フランスでは全生徒が安全上の理由で学校まで大人にお送り迎えをしてもらっています)、晩ご飯を食べさせて、両親が帰ってくるのを一緒に待ちます。そのおかげで両親共にフルタイムで働けているので良い仕組みなのではないでしょうか。

それに対して日本は、保育園や幼稚園に入れたいけど待機児童の問題があったり、子供を預けられる親も近くにいなかったりして母親が働きたくても働けないという話もよく聞きます。ベビーシッターのような存在がもっと広まれば、この状況も少しは改善されるのではないかと思います。しかし、日本人は他人を自分の家に入れることや個人的に子供を預けるということに抵抗がある人も多いのではないかと思います。

先日、ホリエモンがベビーシッターではなく「育児士」って名前にすればもっと日本人に受け入れられやすくなるのでは、ということを言っていたけど、そのように名前を変えたり資格を作ったりと工夫することで生活が楽になる人が増えるなら、今後考えていく必要があるのではないかと思います。

環境問題への意識、多すぎるプラスチック

日本は本当に環境に対する意識の低い国だと思います。周りを見渡せばどこもかしこもプラスチックだらけ。コンビニのビニール袋も食品の過剰包装も使い捨てのカップやストローも明らかに必要以上に使われています。

しかし、その光景が当たり前になり過ぎている日本では、大量のプラスチック製品がもたらす問題を身近に感じることは難しいかもしれません。

最近一番言われているのは、海洋プラスチックの問題。環境中に捨てられたごみは川を流れて海に溜まっていきます。今と同じペースで海のプラスチックが増えていくと2050年には海にいる魚すべての重量よりプラスチックの方が重くなってしまうそうです。プラスチックを飲み込んで死んでしまう生物も多くいます。そして、捨てられたプラスチックごみが細かく砕けて5ミリ以下になったものがマイクロプラスチック。これを魚や鳥が取り込んで、食物連鎖を通じて私たちの体の中にも蓄積しているそうです。

プラスチックごみの増加は、海洋汚染以外にも土壌汚染水質汚染、大気汚染など多くの問題をはらんでいます。

でも、ポイ捨てしなければリサイクルされているからいいんじゃないの?と思う方もいらっしゃるかもしれません。実際、日本のプラスチックのリサイクル率は84%となっています。しかし、そのリサイクルの先をご存知でしょうか?リサイクルと聞くと一度分解してまた新たなプラスチック製品に生まれ変わる、みたいなイメージを持つ人が多いと思います。ところが、そのようなリサイクルのされ方をしているのはほんの一部で、リサイクル率84%の内58%は燃やしてその熱をエネルギーとして使うという環境によくない使われ方をしています。また、他の15%は中国等に輸出されていますが、中国は世界で一番「陸上から海洋に流出したプラスチックごみの年間発生率」が多い国です。

地球上で起きている問題については、プラスチックごみによるものだけではなく、農薬や化学肥料による土壌汚染、遺伝子組み換えの問題、魚の乱獲、森林減少、水不足、生物多様性の問題、核のごみ問題、添加物や界面活性剤による影響など数え切れない。そして、それらは他人事ではなくいずれ私たちの身に降りかかってくる問題です。生活や健康を脅かされてからでは遅い。手遅れになる前に、きちんと問題を認識してこれからの生活において最良の選択をしていかなければいけないのだと思います。

大麻、ヘンプについて

最近気になっているのが大麻、ヘンプの存在です。いろんな議論はあるかと思いますが、環境問題や健康について考えた時に、これはすごくいい物なのではないかという気がしています。

大麻、いわゆるマリファナは日本では所持、栽培、譲渡を禁止されています。大麻の喫煙は健康に害を及ぼす危険な行為かもしれません。

しかし、日本では大麻は太古の昔から戦前までは衣・食・住・医療などに幅広く利用されていました。大麻、ヘンプは茎、種、穂、葉、根の全てが産業用に活用できるそうです。茎は衣料や紙の繊維に、茎の芯はバイオプラスチックや建材、エタノール燃料に、種は健康食品、美容製品、バイオ燃料として。葉は肥料、飼料。根は土壌改良、穂は医薬品に。

ヘンプから作ったバイオプラスチックは、生分解性で微生物によって土に還すことができます。種から作られるヘンプシードやヘンプオイルは、栄養価が高く抗酸化作用もあり美容・健康目的で注目されています。また、農薬を必要とせず3ヶ月に3メートルも成長するため、環境にも健康にも経済的にもよく、循環型社会を形成するためにとても有効だと考えられます。

それにも関わらず、日本でこれほどにも頑なに大麻が取り締まられている理由は何か。一説によると、敗戦直後アメリカの石油産業を日本に拡大するためにGHQによって大麻が禁止されたそうです。当時日本では大麻を喫煙する習慣はなく、神からの贈り物と考えられ神事の道具にも使われていたため、なぜ禁止する必要があるのかもわからず制定されたのが大麻取締法のようです。それ以降、十分な議論もされずダメなものはダメだと娯楽と産業の用途を一括りにして否定してきたためこのような現状があるのでしょう。現在は、アメリカでも産業用大麻の生産が解禁され、世界中でヘンプの活用が進んでいます。日本でも産業用大麻の見直しを今すぐにでもすべきだと思います。

では今後どうしていくべきか?

ここまでいくつかのテーマを書いてきましたが、これらを解決するためには個人が集団となり時間をかけて変わっていくしかないのだと思います。

では、幸せに生きるために今私たちにできることは何か?

お金の使い方を考える

普段私たちは、何気なくお金を使って物やサービスを買っています。しかし、お金を使うことは買ったものの価値を享受すると共にそれを提供する人を応援することにもなります。

自分が本当に好きで気に入ったものを買えば、自分の生活がワクワク楽しいものになり、その生産者が今後も商品を作り続けるサポートになります。逆に、安いから又はみんな持ってるからというような理由で適当に買ったものは、きっと愛着もないのですぐに要らなくなってしまい、もしかしたら質が悪かったりブームに乗っかってお金儲けのために作られたもので、今後もそのような粗悪な商品や誠実さに欠ける考え方を世の中に広がり続けさせる一因になるかもしれません。商品によっては、環境に悪影響を及ぼすものや劣悪な労働環境を助長することにつながる可能性もあります。

「ミニマリスト」という生き方が話題になっているように、物を増やし続けても後々それらがストレスになる場合もあります。安いものをたくさん買うよりも、「品質や精度にこだわられている」「デザインが好み」「作り手の考え方に共感」など、自分が好きだから、欲しいから、という自分なりの理由を持ってお金を使う方が有益なのではないかと思います。

消費税は上がり給料は変わらない。生活のために安いものを選ばなければやっていけないという現実もあると思います。しかし、できることから意識するだけでも違ってくるのかなと思います。

海外では、自分たちの信念に反する商品や企業に対して不買運動が起こることもよくあり、お金の使い方が社会に対して大きな影響力を持っていることを感じます。

また、これからは所有ではなくシェアの時代と言われ、「シェアリングエコノミー」という言葉も広がっています。車や家やブランド物など、これまでは持っていることが一種のステータスでもありましたが、これからは必要な時に必要な物だけあればいい。既にUberやAirbnbなどありますがこれから更に様々なジャンルでシェアやレンタルの市場が広がっていくそうです。そうなればきっとあらゆるものが安価で利用可能となり、より自分の「好きなお金の使い方」がしやすくなっていくのかなと思います。

自分の“好き”と“嫌い”を感じる

結局、お金の使い方にせよ幸せの基準にせよ、私たちは人の価値観では生きられないということです。

そもそも、「幸せになる」とか「幸せな人生」とか言うけど、その「幸せ」って何か一つのものではなく、充足感とか心が満ち足りている状態とか、そのある一時の感情でしかなくて、それを重ねていくことで出来上がる「幸せな気分の連続」でしか「幸せな時間」とか「幸せな生活」とかって成り立ち得ないのだと思います。そして、自分がたくさん「幸せな気分」や「充足感」を味わうには、自分が何が好きで何が嫌いかを知って、それを尊重して生きていくしかない。

自分の好き嫌いが分かれば、これをすれば自分が楽しい気持ちになれてこれをするとストレスを感じるということがわかるので、嫌なことは避けて楽しそうな方に進むという選択ができます。

日々の生活の中で、自分の感情に敏感になってそれを素直に感じることが、自分の好き嫌いを知って、自分のなりの価値観を作り上げていく道なのだと思います。世間で流行っているものを自分は好きじゃなくてもいいし、みんなが楽しそうに集まっている空間が自分は楽しくなくてもいいし、もらったプレゼントが嬉しくなくてもいいし、周りが頑張っていることに対してモチベーションが上がらなくてもいい。人に引かれるようなものが好きでもいい。

我慢すること、人に迷惑をかけないことが美徳とされている日本では自分の感情を押さえつけなければやっていけないことも多くて、こんな人として当たり前のことですら難しくなってしまっているけど。嫌なことを我慢して頑張ることが偉いんじゃないし、人に迷惑をかけずに生きることなんて初めから無理なのに。

だから、いつでも自分の“好き”と“嫌い”を感じ切って、その感情に正直に従うことが、自分の価値観で生きるということで、「幸せな気分」を数多く味わうために必要なことなのではないかと思います。

そして私が思う、充足感を感じ続けられるだろう生活は、大切な人と一緒に(好きな人とじゃなきゃ何しても楽しくない)、自分の頑張りたい事を(人生を通してやりたいことを見つけたい)、居心地のいい場所で(食べ物や空気感が合う所がいい)全部のバランスをとりながら生きていくことだと思うから、そこに当てはまる人や物や場所との出会いを逃さないように、自分の気の向く方に進みながら生きている。(抽象的すぎる、、)

優しく生きるのはかっこいい

いろいろ書いたけど、最終的に「みんなが生きやすい社会」を作るために必要なのは「優しさ」なのだと思う。空気を読むとか人に気を使うとかではなく、「愛」みたいな、ちゃんと心のある「優しさ」。

きっと今、世の中で問題になっていることって全て「優しくないもの」が原因だと思う。政治や社会問題の多くは上で利権を貪る人がいるのが原因だし、差別問題はマイノリティーに対して優しくないから起きるし、環境問題も人間のエゴを優先して自然に対して優しくしてこなかった結果だし、核兵器や軍隊の問題だってどこかにいるかもしれない優しくない人たちのために不安を煽られているだけだし。少子化だってきっと優しくない社会が原因で、いろんな場所でのいろんな優しくない気持ちによってその社会は作られてる。そして、それらの問題もちゃんと「優しさ」で対応していけば解消されていくと思う。優しさは強さでもあるかな。優しくいるには強さが必要。

だから私は「優しさに起因するもの」が好きだ。
お金儲けだけを目的に作られたものよりも、こだわりを感じられるもの。
人を利用する人よりも、人と何かを作り上げる人。
大量生産・大量消費よりも、良いものを長く。
やみくもに最新を追い求めるより、伝統文化を大切に。
環境に悪いケミカルよりも、自然のものを。
上っ面のお世辞よりも、率直な感想を優しい伝え方で。
人の心や地球に優しいもの。

ブランド物で着飾っている人よりも、高級車や大きな家を持っている人よりも、喧嘩が強い人よりも、こういうものを大切にできる人の方がかっこいい。

そして、社会全体がこういう「優しさ」を持つことができれば、本当に良い物が世の中に広まって、頑張っている人がちゃんと認められて、自分の気持ちに素直に生きられる人が増えるんじゃないかと思う。

きっと循環型社会っていうのもこういうことだ。これが地球のあるべき姿なんじゃないかな、と私は思う。

さいごに

ここまでいろいろと書いてきて、綺麗事を並べた形になったけど、私はこの先の未来を考えたとき綺麗事に始まって綺麗事に終わりたいと思う。きっと実現可能だと思っているし、そんなの無理だ、世の中は理不尽な物だと決めつけてしまったらその時点で不可能になるから。ひたすら理想論を追求していくことでしか世の中は平和にならないと思う。だから、私はどうやったら自分が勝ち上がれるかじゃなくて、どうやったら優しい世界を作れるかを考えたい。みんなが生きやすい社会。そのために自分がしたいことは何か。

もちろん、誰か一人の力でどうこうできるものでもなく、社会全体で一人一人が意識を変えていくしかないのだと思う。みんなこうだからとか、こういうものだからとかではなく、自分が本当はどうしたいのかを考えること。世間一般での「普通」とか法律とかの枠を超えて考える力を持つことが必要になってくるのだろう。きっと頑張るべきは、人に迷惑をかけないこととか人のために動こうとすることじゃなくて、みんなが自分の生きたいように、ありのままに生きるためには何をどうすれば良いのかを工夫すること。でもそれはやりたい放題の人がいたら成り立たないわけで、むずいな。でも少なくとも私は「優しい」側でありたい。人にも自然にも自分にも。

-心理学, 未分類, 海外生活, 考え方

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ゆきだるま

愛知県出身、フランスワーホリ中の1991年生まれ。旅と読書と編み物が趣味。大学の専攻は社会心理学。日本の伝統文化や植物の力(オーガニック、アロマ)に興味があります。好きな言葉は適材適所。世の中の偏ったステレオタイプをぶっ壊したい。外注ライターをしながらブログ執筆中。もっと詳しく見る